カウンセラーのメッセージ

2019年(平成31年) 2月 7日

 年が明けて1か月余りが過ぎました。遅ればせながら、今年もよろしくお願いいたします。
平成最後の年となりましたね。この30年の間に何が変わったでしょうか。グローバル化が加速する中で、それに抵抗して自分たちの生活を守ろうとする動きも、同時に進行しています。これから何が起きるのか、予断を許さない状況だと感じています。
さて、今回は日本の学校教育について、その歴史や現状について考えてみたいと思います。

日本の学校が危ない。最近、強くそう思うようになっています。
昔から(特に高度経済成長期以後)、小学生から高校生まで、多くの子供たちが1日の大半の時間を学校で過ごしています。学校では、分刻みでスケジュールが組まれ、子供たちの意思や状態とは無関係に、するべき事が次々と与えられます。おまけに宿題も出され、自宅に帰ってからも学校からの束縛が続きます。

本来は遊びを通して様々なことを学び、精神的にも肉体的にも成長していく時期に、周囲(学校や親など)からの要求に応え続けなくてはなりません。遊びを通して学ぶこととは、友人と一緒に楽しむこと、人間関係で揉(も)めた時の解決法、自分の感情のコントロール、自分の要求が通らない場合にそれを相手に伝えて理解を得る方法、他者と自分との違いを認めた上で共に生活していくためのスキル、等々です。
こういったことを子ども時代に学んでおかないと、社会に出た時にとても苦労することになるでしょう。私自身こういったことをあまり学ばずに大人になったという自覚があり、大変苦労した経験があります。

そもそも、学校は何のために作られたのでしょうか。ちょっと調べてみました。
ご存知のように、江戸時代までは各地方の藩校や寺子屋などで『読み・書き・そろばん』『儒教』などが教えられていました。そして明治維新後、欧米の技術力に追い付くために、「富国強兵」「殖産興業」を目的として「学制」が発布されました。1872年(明治5年)のことです。これは日本最初の近代的学校制度を定めた法令でした。しかしそれは、明治政府が全国を統一して、地方の違いを超えて同じ内容の教育を実施しようとしたもので、当時はまだ地方の実情に合いませんでした。

そこで1879年(明治12年)に、各地方の特色を生かした形で、教育の権限を大幅に地方に委ねた「教育令」が公布されました。その後、教育令に代わって、1886年(明治19年)に「学校令」(帝国大学令・師範学校令・小学校令・中学校令・諸学校通則)が公布され、行政主導の学校制度が定着していきました。
森友学園問題で話題になった「教育勅語」も、この時代(1890年・明治23年)に発布されています。学校令は、第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に「学校教育法」が公布されるまで続きました。
これら戦前の法規は「(天皇からの)勅令」(実際には行政命令)という形をとっていたため、国の状況に応じて度々改変され、軍事教育なども実施されるようになっていきました。そして第二次世界大戦に突入し、学校も協力していくことになります。

その反省のもとに、戦後の1947年(昭和22年)に作られたのが「教育基本法」および「学校教育法」です。また、具体的な教育内容や教科内容については「学習指導要領」が文部省(現・文部科学省)により作成、告示されています。
この学習指導要領は法律ではないのですが、「学校教育法施行規則」に基づいて定められたもので、各学校(小学校・中学校・高等学校・特別支援学校)での学習内容や学習の目的などについて提示してあり、学校教育の基準とされています。
このうち学校教育法と学習指導要領は、時代や社会の変化に応じて度々改変されてきました。特に高度経済成長期・東西冷戦時代には科学技術の振興が図られ、1971年(昭和46年)の改定では理科や数学を中心に学習内容が大幅に増やされました。

その後、その内容の多さについて行けない生徒たちが「落ちこぼれ」と呼ばれたり、児童・生徒間の「いじめ」や「不登校」が増加していくことになります。また「校内暴力」と呼ばれた対教師暴力も増加していきました。
そこで、文部大臣(現・文部科学大臣)の諮問機関として設置された「中央教育審議会」での審議の結果、教科内容を減らすことになり、いわゆる「ゆとり教育」の時代に入っていきます。それまで土曜日は午前中授業だったのを、隔週休みにし、2002年(平成14年)からは毎週土日休みの完全学校5日制が導入されました。

一方で、「生きる力」を育むために「総合的な学習の時間」が設けられたリ、コンピューターの普及に伴って高校では「情報」が科目として新設されたり、女性の社会参加など男女差をなくする動きが広がっていく中で「家庭科」の授業時間数が増やされたりしました。
そしてその分、「数学」や「英語」などの時間数がかなり減らされることになりました。しかし私立の学校では、多くがこれらの改定に全面的には従わず、土曜日の授業の継続や授業時間数を増やすなどの対策をとったため、私立と公立との学力の格差が生じることにもなりました。

その後、経済協力開発機構(OECD)が2000年(平成12年)から3年毎に実施している学習到達度調査(PISA)の国際比較で、日本の学生の学力低下が問題とされ、脱ゆとり教育が叫ばれるようになりました。それが、現在の学校の状況とつながっています。

また、教育基本法については、教育の根幹を示す重要な法律であるため、改変は1回行われただけです。それは第一次安倍内閣の時(2006年・平成18年)でした。
記憶に残っている方もおられるでしょうが、「愛国心」という言葉を入れるかどうかで話題になりました。旧・教育基本法に比べて、新・教育基本法は内容が大幅に増やされました。2倍以上にはなっています。私は当時、旧法と新法の違いを1つ1つ比較・検証してみました。
旧法にはないけれど、新法には入っている文言を挙げてみましょう。まず「前文」に「公共の精神を尊び」、「伝統を継承し」という言葉が入りました。「教育の目的・方針」には、旧法にあった「実際生活に即し、自発的精神を養い」という表現が削られて、「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参加し、その発展に寄与する態度を養う」という表現に変わっています。また「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに…」という文言が新しく入れられています。

その他の主な改変点は、「第2章・教育の実施に関する基本」が追加され、旧法には書かれていなかった「大学」や「私立学校」、「教員」、「家庭教育」、「幼児期の教育」にまで触れていることです。また「第3章・教育行政」では、旧法には「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」と簡潔に書いてあったのが、新法には「教育は、… この法律および他の法律の定めるところにより行われるべきものであり…」、「国は、… 教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない」、「地方公共団体は、… 実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない」などと書かれ、大幅に行政の介入を強める内容となっています。
また最後に、旧法では「補足」として「この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない」と書いてあったのが、新法では「第4章・法令の制定」として「この法律に規定する諸条項を実施するため、必要な法令が制定されなければならない」と書き替えられており、法令の制定を義務付ける内容となっています。

この教育基本法の改定後、行政が教育現場に対して細かいところまで強く介入してくるようになったことは確かです。そしてその根本には、明治政府が欧米に追いつこうとして目標に掲げた「富国強兵」「殖産興業」の精神が、今でも政治の中枢部に受け継がれているように感じます。
現在の高度に発達した科学技術を維持し、さらに発展させようとすれば、大変な努力が必要だと思われます。少子高齢化が進んでいる現代の日本においては尚更です。
今学校現場では、「アクティブ・ラーニング」という英語もどきの言葉を使って、ただ教えられるだけではなく、自ら考え、自ら問題を解決していく力を養うことを目標に掲げていますが、実際には無理やりにそれをやらせようとしているという感を拭(ぬぐ)えません。

今、学校現場で何が起きているのでしょうか。各教科の内容はどんどん増え、子供たちに対する管理が強くなっています。特に、数字に表れる実績(進学率や就職率、全国共通テストでの得点、スポーツ大会で勝つことなど)を上げるために、子供たちに様々なことを強要する傾向が強くなっています。子供たちのストレスは増しています。いじめや暴力、不登校の増加は、こうしたことと無関係ではないでしょう。
不登校の児童・生徒は、1970年頃には全国で2万人位だったのが、70年代半ばから増え続け、2000年頃には12万人を超えました。スクールカウンセラーが導入されたりしても減少せず、今では14万人を超えているとのデータが出ています。少子化が進んでいる中での出来事ですから、不登校の割合は確実に増加していることになります。
また、いじめと校内暴力の件数は、小学校で年々増え続けているという統計結果が報告されています。

子供たちだけでなく、教師にも大きなストレスがかかっています。年度当初の目標設定、学習計画の文書化、小学校における英語や道徳の教科化、子供同士のケンカを含むいじめへの対応、発達障がい・情緒障がいなどを抱える子供への対応、保護者からのクレームへの対応、等々。仕事は増える一方です。
中学校や高校ではクラブ活動の時間を減らすなどの対策を取っているようですが、焼け石に水という感じがします。

このような状況の中、長期的な視野に立った、無理のない教育に変えていく必要があるのではないでしょうか。
1人1人の違いを考慮してそれぞれの個性が生かされるような教育、障がいの有る無しに関わらずお互いが違いを認め合って暮らしていけるような社会、物よりも人間を大事にする環境づくり、そのような価値観を持つ人材育成、こういった方向に学校現場が向かうことを願っています。


ストレスの多い現代社会の中では、悩みを語り合う場所や時間が持てないで、1人で悩んでいる人が多くなりました。悩みや生き辛さは多くの方々が抱えておられることでしょう。
自分の悩みを誰かに相談したり、カウンセリングを受けたり、自助グループに参加したりする事は、決して恥ずかしい事ではなく、むしろ必要で、問題解決への近道である場合が多いのです。
また、今の自分に変化を与えて、より良い人生、活き活きとした人生を歩むためにも、カウンセリングや自助グループは有効です。

このホームページには、「カウンセリング」および「セラピー」の説明、「カウンセリングの内容」の紹介、「自助グループ」のご案内などが載せてありますので、カウンセリングや自助グループについて全く知らない方でも、概略についてはご理解いただけると思います。
また、「カウンセラーの紹介」もプロフィールに載せていますので、興味がある方はご覧ください。

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